星川淳
【屋久島の時間】

 屋久島在住の筆者が、四季をとおして屋久島のさまざまな表情を伝えてくれる。
そこに流れる時間は他の場所にはない濃さと鮮やかな色をしている。

  すばらしい自然が息づく島でしっかり地に足をつけて生きている。 せせらぎの音、満天の星、澄んだ海の中で魚にまじって泳ぐ。 自分で育てた米や野菜を食するという、なんともうらやましい生活。 台風や多雨、里に下りてくる猿の害さえ、彼にかかると悲惨さはない。

 移住希望者が増えているという屋久島。この本を読んだら、やはり住みたくなってしまう。

【精霊の橋】

 一万年前に生きた少女とその一族。時をへだててつながる魂。不思議な話がすっと信じられるのは、自分にもその血が流れているからか。

 禁忌を破り、遠い場所をめざして旅を続ける少女の勇気に圧倒される。やがて女に成長していく彼女のまっすぐな意志がすがすがしい。オーロラにつつまれた歌声がひびき、冬の終わりをつげるまぶしい太陽にむかって飛ぶ姿が鮮やかに浮かぶ。

 大切なことを決めるときには、七代あとまで考慮するという彼ら。地球全体でその考えをひきつぎ実行していれば、こんなに自然が壊されることはなかったかもしれないのに。

 いやまだ間に合う。私たちひとりひとりが、もういちど目覚めて本当に大切なものを思い出せばいいのだ 。
 
天童荒太
【孤独の歌声】

 くったくなく笑っている人の心の中にも、ひきずっているものが深い底に存在する。どんなに仲間がいようとも、ひとりであることには変わりはない。

 だが、それはつらいことでも淋しいことでもない。しっかりとうけとめて、だからこそ誰かとのつながりを求めることができる。自分の世界と相手の世界は決してひとつに溶け合うものではない。どこかの部分が重なるだけ。そうでなければ息苦しい。

 シーンの変わり目に仕掛けがあり、錯覚してしまう。数行読みすすむと違う空間だということを悟る。わ、またやられたとほくそえむ。

 現実に起きた監禁事件を彷彿とさせる作品。ただし発表される2年前に誘拐事件ははじまっていた。
 
トマス・ハリス
この三作品はほぼ10年おきに発表された。すべてがつながっている。

【レッドドラゴン】

 ウィリアム・ブレイクの「大いなる赤き竜」の絵に見いられた犯人。母に捨てられ厳格な祖母に育てられ、心を病んでいる。自分を赤き竜と同一視し、変身できると信じて残虐な事件をくりかえす。

 容貌と発声に劣等感をもち、他者との間に壁をつくっている犯人は、盲目の女性に出会い何かが変わっていく。しかし最後には逃亡のために利用してしまう。彼女を傷つけなかった点では変形しながらも愛はあったのだと思えるが。

 追うもの、追われるもの、犠牲者、登場人物がべてが問題をかかえており、重い。

 レクターは過去の事件への追想や手紙という形で登場する。閉じ込められていながらも、得体のしれない恐怖を感じさせる存在。 

【羊たちの沈黙】

 スターリングの個人的情報とひきかえに、連続殺人犯のヒントを与える獄中のレクター。心理学と政治的かけひき、強靭さとしなやかさをもつ女性像など、ひきつけられる展開。

 レクターは脱獄する。むごたらしい方法なのに、あまりにあざやかな手口に感心してしまった。このときもたくみに錯覚や恐怖心を利用している。

 病院長のチルトンがこれでもかというほど、レベルの低い嫌なやつという設定。自分の器を正しく理解していない。

 クロフォードの妻への思いと献身、そして別れは悲しかった。妻はもう靴はいらないと考えたとたんに涙があふれ、路上で泣いているシーンはつらかった。その涙がかわくまで、彼に気づかれないように離れて待つ部下の姿があたたかい。

 スターリングは羊の叫びから開放されたのだろうか。

【ハンニバル】

 レクターのトラウマが明かされる。幅広く深い知識をもちながら、時間の逆流を信じて妹に会える時を待つことは矛盾しているが、妹への想いが強いのだろう。

 今回はより映像や臭気を意識させられた。レクターの壮大な記憶の館や中世の歴史の芸術的な雰囲気と対比させた人喰い豚の描写がすさまじかった。

 チルトンは行方不明。たぶんこの世からも。そして同じタイプのクレンドラーはめずらしい最後を迎えた。ここの映像化は難しいだろうし、問題だと思う。

 ラストは賛否両論あると思うが、私は否定派。スターリングはそんなことにはならないはずだ。薬物、また洗脳の効果だとしても、納得できない。違和感を禁じえなかった。

 2001年2月、アメリカで映画が公開された。ラストは読者をうらぎらない形に変えてあるらしい。


ヘルマン・ヘッセ
 詩人であり、作家そして画家。いくつかの作品には自身の境遇が反映されている。  彼はサインをするときに、最後に n が重なるのを嫌い、heruman と書いたそうだ。

【知と愛】

 知と愛、つまり学問と芸術を ナルチスとゴルトムントという少年にたくし、美しく描きあげた作品。ふたりは生きる道は違っていても、その友情は生涯変わらなかった。

 愛に生きたゴルトムントは殺人や裏切りなど、影の体験もし、しかしそれらすべてが彫刻という形に昇華される。   学問を究めたナルチスにも悩みはあり、ゴルトムントを否定して いるわけではない。むしろ学ぶこともあった。知と愛は手をさしのべあい、融合すべきもの。

 心理や情景、芸術作品の描写が詩的で透きとおるような美しさ。いつもそばに置いておきたい作品。ふとページをめくると言葉たちがしみこんでくる。

【湖畔のアトリエ】

 冷え切った夫婦の仲を自由にのびのびと行き来する幼い男の子。妻に失望し、長男にも憎まれ、男の子と仕事だけが画家の生きがいだった。しかし夫婦の愛が衰え枯れていくように、可愛く明るい男の子が病にとりつかれ、とうとうその短い生涯を終えてしまう。

 画家は妻をいたわりさえし、涙は流さない。しかし家族の別れの手続きが済んだとき庭を歩くうちに思いがあふれて、息子への涙をとめどなく流す。

 この作品を発表した数年後、ヘッセは実生活でも離婚をしている。

【クヌルプ】

 「知と愛」の原型となった作品。

 クヌルプは魅力的な若者で、ラテン語も理解し、職人の器用さを身に付けている。しかし、放浪する人生。立ち寄る先で人々に受けいられ、歓迎される。

 年月が流れ、年老いたクヌルプはもう昔のような生き方ができなくなる。やがて死を前にして、今までの人生には意味がなかったのではないかと神に問う。神との問答で次第に自分の価値を思い出し、認めていくクヌルプ。

 強者や成功者だけが必要なのではない。クヌルプのような存在があるからこそ世の中に歌があふれ、芸術が生まれる。無駄なものはひとつもない。


小野不由美

【黒祠の島】

  神社が統合され国家の施設とされたとき、統合されなかった神社のことを黒祠という。

 島という閉鎖された状況下で、独自の信仰がひっそりと受け継がれている。 たとえ邪教ともいえるものでも生まれながらに触れて育ち、まわりすべてがそうならば それは正しいとされ、不思議に思うことも疑うこともない。

  そこでは殺人さえも歪められ、告発を免れる。理にかなったものとして埋もれてしまう。それは島で起きたこゆえ島で終結するべきだろうか。 これからこの島はどうなるのだろうか、それとも何も変わらないのか。 予兆を感じさせながらも、ここには出口がない。

  最後のシーンはほっと息をつける展開なの だが、読後感はやはり重い。罪と罰、閉鎖世界について考えさせられる。

京極夏彦
 魅力的な登場人物たちが解き明かしていく、怪奇な事件。独特な文体とレトロな時代設定が、次々に起こる謎にひきこまれていく鍵かもしれない。