空中かちあい弾

官軍が田原坂の17昼夜にわたる戦闘で消費した弾薬は、一日平均32万発でした。日露戦争における第二次旅順攻撃のときが一日30万発だったといいますから、驚くべき数字です。物量で優勢な官軍でさえ、その弾薬補給には頭を抱えたそうです。薩軍にいたっては相当に悲壮なものでした。前線で鍋釜に鉛を溶かして弾薬を作ったり、農民に官軍の撃った弾を拾わせたりしてしのいだといいます。

 

 

田原坂の戦場では、戦後に「かちあい弾」あるいは「行合(ゆきあい)弾」なるものが数多く発見されています。これは、双方の撃ち合った弾が空中で衝突したもので、二つの鉛の弾頭がめり込んでひとつになってしまったり、衝突の衝撃で変形してしまった現象です。小指の先ほどの弾頭が運良く空中で衝突する確率など想像もつきません。銃火による戦闘が、それほどまでに壮絶であったことは間違いありません。