熊本城二の丸

ここは二の丸公園です。監物台植物園に近い入り口にあります。ここも明治10年の西南戦争では、一つの舞台となりました。それは、官軍・鎮台兵が籠城したときに、その兵の妻子がここに避難したからです。

ご覧のように、「西南戦争籠城将校家族避難跡」の標木が建っています。説明書きを記します。
「西南戦争の際熊本城に籠城した鎮台側の将校の妻子が、弾丸の飛来を避けるため、この空堀の中に天幕を張って避難した。時は二月、寒気の厳しい中で司令長官谷少将の夫人久万子を中心に負傷者の手当や慰問に努め、将校の信望を集めた。」

熊本城本丸には鎮台兵がいて薩軍の攻撃を受け、二の丸には女性と子どもがいたことになります。三の丸の下(段山)は長い間薩軍に占領されていましたので、生きた心地はしなかったでしょう。