宮錦の話


写真は扇秋です。


私が寒蘭を始めたのは、昭和38年でした。2〜3年は30鉢位を培養していたところ、昭和41年3月ごゴッソリ盗賊にやられ、それから一念発起、蘭室を作って保護することにしました。昭和43年頃だったと思いますが、友達と三人で球磨郡多良木町宮ヶ野に蘭採取に行きました。案内してくれた人が伸びきらない黄緑の新芽を7〜8本採取し、一番大きい物は勿論採取した案内人が取り、若輩者の私には一番小さいものを恵んでくれました。昭和40年頃の当地方は蘭の栽培技術が確立されておらず、山の土や木の榾(ほた)などで植えられ、日向土など使う人はほとんどありませんでした。球磨郡免田駅の種苗店に日向土を売っており、これが良いという噂を聞いて私もこれで植えることにしました。先の蘭を取ってくれた案内人は、山土と腐葉土で植えて家の軒下の、朝日と夕日が当たるところに置いていました。数年にしてこの蘭は(昭和46年頃)開花しました。二輪でしたが、薄紅更紗の雄大な花弁に無点の大舌は一躍話題になりました。それから2年ほど遅れて8月、私の蘭にも花芽が出て待望の薄紅更紗大輪の無点が咲くはずでした。ところが、私の同一種のはずの蘭には花色は青更紗、花型だけは似ていましたが、舌にはベッタリ点が散らばっていました。それから2年くらい過ぎて、別の所に同一の無点花が咲いたと話題になり、九州連合展に出品され、衆目を集めました。輪tshigaその方の作業を見に行ったところ、前出の人と同じように山土で植え、軒下の朝日と夕日の当たる所に置いてみました。するとどうでしょう、花色は日陰のものとは比べものにならないほど良くなりました。しかし、無点の花は咲きませんでした。無点とするためには山土が良いのではないかと思った私は、この種のものだけを鉢の下の3分の2には日向土、上の3分の1程度にを山土と腐葉土を混ぜ合わせたもので植えてみました。そして、、花芽のでたときから開花まで蘭舎から外に出して日を当てることにしました。すると夢に見た薄紅の大輪に無点の花が咲いていたではありませんか。やがて、この花は「宮錦」と命名されました。それから数年、同じ植え方で点の出ない管理方法はどうすればよいのか、8月上旬から戸外に出して日を当てたもの、中旬・下旬・9月上旬と分けて試してみました。