森林インストラクター森に関心を持ち、自然を大切にしている
(森林の便り
11月号11月23日更新
あなたは  番目の訪問者です  森の案内人 安楽行雄  MORINOANNAININ YUKIO ANRAKU・・・・・安楽行雄・・・・・・・ 
目次  
                  今月号から1頁は九インの活動を掲載、リンクしている2頁は私の活動を報告することとしました。
      ムービ 金山    金峰山

何年目だろう 久しぶりに草木染めに挑戦した。出来上がり良好!
 
 クリックすると安樂の私的活動報告です。興味があったら見て下さい

目次 

 佐賀 金山    小雨の中をガンバリました

2 面白塾 草木染 スタッフとも5名で染めました

         3 九重下見    あっちこっち交通止め オートポリスから牧ノ戸

4 面白塾 大浪の池 賑やかな観察会でした

5 田底小学校  孫のような子ども達と楽しんだ

6 天山 FEC  下りに手こずりました





















                                 

● FEC 金山   28:10:22 背振山系
     
小雨が降っていました。赤い雨具が似合います。安樂は還暦の祝いだろうと赤い雨具を冷やかされながら

FEC例会   金山観察会   10月22日

 下見は雨降りだったが、今日の雨は五分五分で降るとの予報があった。近ごろのFEC葉雨についてると思いながら家を出発した。

 集合所の駐車場へ行くと3名が来ていた。今にも降りそうな空を見上げて雨が降らないといいが、と話しながらマイクロバスへ乗った。参加車は12名だったのでバスはゆっくりとリラックスの状態で乗れた。

 高速に出るとシートベルトが邪魔になるので、3号線へ出た頃から資料の説明をした。何時ものように金山の植物のリストを掲載した1頁、図鑑から取った5種類の絵を1頁に収めていたのでその説明。頂上付近はブナもあるが優勢樹種はアカガシだったので、アカガシのイントラクションから1枚を掲載していた。それから大きいカズラの資料を1枚付けた。

 カズラについては直径3cm程度のクマヤナギを久しぶりに見て興奮したことから掲載したのだったが、(誠に申し訳なかったが)観察した場所を思いつかなかった。金山の真下のヒノキ林に入る箇所だったか、あご坂峠から獣道を下る時か良く覚えていない。大きいクマヤナギの蔓は樹皮が小さくいくつも割れて(ひび割れの大きい)いた、ツルツルした表皮の幼いクマヤナギとは、似ても似つかぬ表皮なので皆さんに是非観察してもらいたかった。

 三ツ瀬の山中キャンプ場に着く頃はすでに小雨が降り出していた。キャンプ場のトイレ入り口付近で身支度をした。雨具を付けなければならないので支度に時間がかかった。

 9時45分頃ついて、身支度を済ませて、出発は9時50分になっていた。雨の中足を伸ばす準備運動と捻挫防止の足首回し運動をして怪我に備えた。

 私先頭にして出発した。秋と冬の狭間で花が咲いている植物はほとんど無かった。下見時に観察したシダについて説明しながら登った。

 リョウメンシダは葉の表と裏がほとんど同じである事からの名前で、鮮緑色見た目にやさしく触っても手触りが良かった。皆さんは名前が覚えられそうの意見であった。

 大きなオオバノハチジョウシダがでてきた。葉の長大に大きく広がった葉の隙間は大きく、見た目で圧倒されていた。

 次にイノデモドキが出てきた。ソーラスが辺縁寄りにあるのが特徴であるが、ルーペで確認しても片寄りなのか中央にあるのかの判定は難しい。説明する私もはっきりした判断が出来ない。しかしながら鱗片の大きさやソーラスの着き方からイノデモドキでしょうと説明した。

 すくっと立ったベニシダ類が出てきた。これはオオベニシダであった。シダを根元から抜き取ってまずは一番下の葉の分裂具合を見た。分裂は1筋2筋しているが極端な分裂では無かった。根元(基部)の鱗片を観察したら鱗片の辺縁が少し白く縁取っていた。これはある図鑑では別の名前が出ていたが、杉本順一先生の図鑑ではオオベニシダと説明してあったので、そのように理解している。ベニシダに鱗片がすべてこのようになっているのでは無い。

 葉が「やじりがた」で伸び、その下に60度から70度の角度で両手を広げたように葉を出している。これを上からしっかり観察すると「十文字」に見える。このことからジュウモンジシダと言うと説明。これはことある毎に説明しているので理解している人が多かった。

 シダを観察しながら林道を越えて、ヒノキ林を抜けて転石の多い坂を登っていった。登る途中で、確かこの辺では無かったかと小さい目を皿のようにして大きな蔓を見つけながら登った。

あったと思ったらマタタビであった。直径が3cmを超えていたので、この葛の皮を削って真っ白い内皮を見て貰って、これは私が期待していたクマヤナギオでは無かった、マタタビだった、そうして柔らかいことや削った時に真っ白の内皮が見える事を説明した。大きな蔓は削ることによって大部分判定できる事を説明した。

 そこを登り切ったら道標があり左手へ900mで金山に着くことを示していた。ここで一息入れて水を飲み、飴を口にした。皆さん笑顔があふれ、元気であった。

 ヒノキ林の中を歩く、切り捨て間伐がしてあり森は明るかった。ハリガネワラビの濃い褐色茎が見え隠れしてまばらに群落を作っていた。道は連日の雨で表面は洗いきっており粘土質の土が表面に出て如何にも滑りそうであった。

 足下に注意しながらヒノキ林を過ぎて天然林の中へ、以前は薪に盛んに利用されたのだろうと思われるぼうが更新の森で、下部から幹別れしたアカガシ、コナラなどが見え隠れしていた。やがて尾根筋の縦走路についた。三ツ瀬峠、奥村キャンプ場、背振山への3方の道標があった。雨は大部小降りになっていた。一息ついた。

 ここから頂上までが雨水の流れが歩道を走ったので永年の間に、歩道表面が流されて溝状に窪んでおり歩きにくい。頂上まで約30分かかることを知らせて急坂を登っていった。

 最後の登りでよいしょ、よいしょと息を切らしながら進んだ。幹に筋状の模様のついたタンサワフタギが目立っていた。ところどころでブナノキも見られるようになった。

 赤い実を付けたツルシキミの群生が道の両側にならび彩りを添えていた。しかしながらそんなのは目に入らぬようで、息を切らしながら全員が頑張って登っていた。やがて急な階段状の歩道を上り上げると、森の説明や道標がある小さな広場に着いた。ここから右へ進むと背振山へ行くがそのまま直進すると金山の頂上である。

 ここの状況写真を撮って前へ進んだ。スズダケが20cm足らずまで縮小している尾根道を進むと急に平らになって広い歩道に出た。やっと楽になったと安堵したら20mも進むと金山の頂上へ着いた。全員が後から続いた。

 落伍者はおらず元気に登ってきた。人間を確認、12名の笑顔が並んでいた。時間は予定通り12時になっていた。楽しみな昼食時間、登る間中降っていた小雨は止んでいた。  

日頃まじめにしておればこんな風にしてご飯を食べる間でも雨が止んでくれるのだと、誰となしに言いながら座るところを見つけて昼食となった。

澤田さんが持って来た屋久島の000焼酎をいただいた。春野さんがお湯を持って来ていたので芋焼酎のお湯割りは格別美味しかった。MさんとTGさんは自動車に乗ってきていることで飲まず飲める4名で飲んだ。

 昼食終了、12時30分出発、あご坂峠に13時30分、三ツ瀬峠に15時に予定通りに到着。待っていたバスで温泉へ直行、入浴後、16時出発、道の駅で買い物をして19時前に熊本市に到着した。

 あご坂峠から城山までに急坂で狭い岩場があり危険を感じた。その後は順調であった。









































● 面白塾 草木染 監物園   28:10:29 

     

  久しぶりにしては出来上がり上等。たったの5名で頑張りました   

森と水を学ぶ面白塾    草木染め     監物台樹木園  28:10:29

 面白塾の草木染めを行うことが計画されていた。例年は人気プログラムの一つであるが今年の面白塾は全体的に何故か参加者が少ない。地震のためとは言い切れない部分があると思うのであるが残念である。

 面白塾は森林ファンドを受けていることから実施しなければならない。もちろん普通通りのハガキで呼びかけ、さらに友人知人にも呼びかけたが参加者の申し込みがなかった。担当の廣瀬さんから申し込みは1人だからどうしたいいだろうかと相談があった。森林ファンドのことも話して参加者が少なくても実施しましょうとして準備に入った。何時も世話ばかりで自分たちも草木染めを実際にしていないので、これはいい機会として捉え、スタッフも草木染めをしようとなった。

 当日は参加者が2人、スタッフは担当者を含めて6名であった。スタッフ4名は担当者を除き草木染めをすることになった。準備は10人でも20人でも同じであることから、9時から支度をして、9時30分には開始した。

 何時もの通り挨拶をして担当者の講義が始まった。何時も聞いているのであるが、実際に草木染めをやるのだから真剣にならざるを得ない。

 私は絹のスカーフに染めることとした。長い絹の生地の中央に線状に白色を入れ、どちらかの縁に細い白色を入れ、反対側に何らかの模様を入れようと構想を練り、生地への糸巻きに始まった。

 布を縛ることによって染料を入れずに生地のまま残すことが出来る、中央の白い線は、生地をそのままたたんで、染める染色が入らないようにきつく、幅をやや広めにして縛った。さらに片方の生地は少し細めにしてきつく縛った。これで2本の線は出来上がった。

 線を入れない片方の縁をどのようにして模様を作るか悩んだ。全体の真ん中と端を縛っているので、直線や横線を入れる「箸の折った木片」を入れることが出来ない。そこで、その木片を入れられるところに無理矢理に4箇所入れその木片をきつく縛った。この模様がどのようになるのか想像は出来なかったが何とかなるだろうときつく縛り付けた。

 模様の予想は全く出来なかった。みんながあれやこれやいろいろ結びつけているので、どうするか思案した。下手な考えは模様には結びつかなかった。染める布の引っ張り出せるところ見つけて、大豆を10個ずつ布で包んで結びつけた。無理に大豆を付けたら3箇所付けることが出来た、引っ張り出した生地に大豆を包むようにして、その根元をきつく縛った。

 ここからは染め上げにはいる。

 実は今日から熊本県高校野球の新人戦が始まり、藤崎台の第1回戦は済々黌高であった。何時もの通り草木染めの参加者が多ければ途中から抜けて野球見に行くつもりだったが、参加者がたったの2人では抜けることはできなかった。

 ようしたものである。この日はルーテルに3対2で勝っていた。1年生大会とは言え久しぶりに済々黌高が勝ったので見たかったが残念であった。このことは草木染めの場では一言も話さなかった。

 草木染めの方は黄色に染めるためにセイタカアワダチソウが染料を取るために簡易コンロで炊き方が始まっていた。11時を過ぎた。1時間あまりかかることが経験的に分かっていたので、ここで私は自宅へ帰りご飯を食べてくるからと言って、最後の染めには言ったら電話をしてくれといって自宅へ帰った。

 熊本城から歩いて下り電車を待って、電車で上熊本へ、そこから歩いて帰ったら12時30分になっていた。家に着くと同時に電話が来た、今から染めに入ると、まだご飯は食べていなかったので大急ぎで食べて、同じコースで電車を利用して監物台へ行った。

 染めは終わっており、私の染めの生地も出来上がっていた。色はスホウだったのでやや薄い赤色がかった紫色の鮮やかな色に染め上がっていた。布が濡れているのでいやが上にも色が鮮やかであった。

 他の人のも綺麗に出来上がっていた。講師役廣瀬さんの永年の経験からの指導の賜であった。納得して、染め物道具の用具一式の整理をした。参加者が少ないからと言って用具が少なくて済むものでは無い。大きな真鍮の窯や洗い桶を丁寧に洗って終了した。

 後は会計係が会場代や入園料の支払いをしてすべてを終わらせて解散になった。わずか2名の参加者であったが、イベントで超少ない参加者の経験が出来て良かった。また、参加した2名は初めての草木染めであったから、熱心で、質問しながらの実施だったので感動されていた。やはり計画してハガキでお知らせしている以上はプログラムを取りやめにすることはいけないと心から思った。

 来月は紅葉狩りであるがどれくらいの参加者がいるか。参加者が少なくてもめげずに頑張りたいと思った。

 忙しい中集まってくれたスタッフに心からお礼を言いたい。有り難うございました。






































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九重高原下見  あっちもこっちも交通止 11月1日 
     
すっかり秋景色になっていました。しかしながら紅葉狩りには早い感じでした。ムキダケを取り、キノコ汁、秋を感じました

面白塾   紅葉狩り   九重下見      28:11:1

 11月は紅葉狩りへ行くことになっていた。紅葉狩りは例年、菊池渓谷か九重高原へ行っているのでそのまま実行になるのであるが今年は九重ですることが計画されていた。熊本地震でミルクロードは通らないことが分かっていた。また、下見へ他の会員と時間的に調整が出来ずに私1人で行くこととした。

 あたまのGPS で菊池からミルクロードへ抜けようと思った。インターネットで調べたが交通止めの記載は無かった。大津からミルクロードを抜けるのも菊池からも同じ時間なのでそちらを利用したいと思って出発した。いい天気であった。しかし、紅葉が今年は遅いとなっていることから紅葉しているかが心配だった。

 菊池市を過ぎて菊池渓谷への入り口にさしかかったら交通止めとなっていた。インターネットでは菊池渓谷には入れないとなっていたが県道が交通止めの記事は無かったようだったがまいった。

 どうする、このまま進んで小国から入るのでは遠すぎる、それなら上津江からミルクロードへ出ることとした。笹野超えを越えて日田市へ向かってひた走りに走った。上津江村栃野から橋を渡らずに右手へ向かい、オートポリスを目指した。

 こちらからは時間がかかりすぎた。菊池からオートポリスまで1時間かかっていた。その後、ミルクロードに出て牧ノ戸へ進んだ。牧ノ戸には10時35分頃ついた。我が家から3時間かかっていた。これは遠かった。

 雨が今にも降りそうな気配であったが降ってはいなかった。早速に身支度をして何時もの通りに自然歩道へと進み下見を開始した。紅葉はまだまだだった。牧ノ戸から見る景色はやや紅葉が始まりだしたなという感じであった。

 自然歩道を歩いても人は誰もいなかった。紅葉の写真を撮りたかったがウリハダカエデ、コシアブラは紅葉していたが他のカエデ類はほとんど紅葉していなかった。

 自然歩道から横断歩道を渡り横断道路と川の間の遊歩道を下った。ヒュッテの入り口、寒の池地獄の入り口を通過した、今年は本当に紅葉が遅いと言うことは分かった。森の中を歩いて川を渡り、硫黄山への道路に出た。時間は12時になっていた。この道ばたの乾いた道路の上でご飯を食べることにした。

天気は晴れておらず北風が吹いていた。道ばたに座りヤッケの帽子部分を頭からかぶり北風をしのいだ。こんな天気のため、又平日であることから人の気配は無かった。しかしながらご飯を食べている間に、上方から話し声が聞こえ一組の夫婦が私の横を通過された。

 ご飯を終えてさらに自然遊歩道を進んだ。ミズゴケが赤く枯れているのも見かけたが大部分が鮮緑色で綺麗であった。ツルシキミが濃い、照りのある葉を密に付けて群落を作り、その中に真っ赤な果実が輝いていた。

 紅葉はほとんどしていなかった。中旬から下旬が盛りになるのだろうと思った。何時もの特に変化の無い暗い感じの森の中を、特に板橋の上は滑りやすい感じだったので気をつけながら1人で黙々と歩いた。

 白いキノコがミズナラについていた。数が多かった。遊歩道であるからたぶんツキヨダケだろうと思った、しかし表面が綺麗だった。ううん?と思いながらしっかり観察して、一番大きいのを幹から取り外し、茎を二つに割ってみた。黒い斑点が無くツキヨダケで無いことははっきりした。それならムキダケに間違い無いと思い付近にあるそのキノコを採った。10個くらいだったので夫婦で食べるには丁度くらいの量であった。同定を間違うと大変になるので写真もしっかり撮った。

 やや暗い森の中から解放されてタデハラ湿原と入った。白く枯れたススキ原だった。何の変化も無いので雨ガ池方面へ進んでみた。紅葉はまだまだであった。ナライシダ、ジュウモンジシダ、イワガネソウが観察された。

途中から引き返し、飯田高原の売店や駐車場のある広場に出た。予定ではフイルムルックスをすることになっていたのでビジターセンターに部屋を借りたい旨を告げに言った。  

係の人は、その日の優先順位であり予約も受けないのでその日の事情で使って下さいとのことだった。

 念のために、フイルムルックスをするのであるが、国立公園の特別区域で落ち葉を拾ってきて落ち葉絵を描くのであるが問題は無いかと聞いた。ビジターセンターの職員は詳しいことは分からない、指を指しながらあすこの環境省の職員に聞いて下さいと言われた。即座に駄目と言われなかったので自己責任でやればいいなと判断した。

 時間は2時になっていた。牧ノ戸へのバスは15時になっていた。時間がありすぎる、ドウ?するか迷った。久しぶりに硫黄山への登山道を歩いてみようと心に決めて、上り始めた。道路は始めから終わりまでほとんど緩やかな勾配が一緒で、平坦が無いので体に次第に応えてきた。だんだんへばってくるのが分かった。それでも元気を出して登った。

 真下に得る横断道路の大曲が見えるところまで1時間かかり15時になっていた。ここから下へ下ったがほとんど人が通った形跡が無く歩道は粘土がそのままむき出しで滑りやすかった。ここで滑って転んで怪我でもしたら大変と、用心に用心、慎重に歩を進めて下った。杖を持ってこなかったので滑らないための工夫に難儀した。大曲まで30分かかっていた。

 ここから牧ノ戸へ30分かかるなと思いながら疲れ切った体にむち打ちながら進んだ。予定通り30分かかり16時になっていた。当たりが薄暗くなりつつあったのですぐに出発した。熊本市へどう出るか、思案した。阿蘇市へ真っ直ぐでるか、大観望から内牧へ出るか。渋滞などいろいろ考えてみて、内牧へ出ることとして進んだ。

 ミルクロードへ出て大津から熊本へ進んだ。こちらも3時間かかった。

 下見の結論は「九重高原の紅葉狩りは中止」だった。この結果を理事の皆さんへ伝え、長崎県島原、霧島大浪の池などの意見が出て、結果、大浪の池へ行くこととなった。

 少々体に応えた下見だった。往復車で6時間、飯田高原から山脈ハイウエー牧ノ戸下の大曲へ1時間30分、自然歩道を3時間あまり歩いた。本当に疲れた下見だった。

 









































  面白塾  湖面が綺麗  火山の森を歩く 11月5日
        
   日射しの中での写真がうまく撮れません。あまりにも光が強すぎるのでモードを間違えているらしい。

面白塾     紅葉狩り     霧島 大浪の池    28:11:5

 

 九重高原の紅葉狩りが下見の結果中止したので、その変更箇所として理事で打ち合わせして霧島連山の大浪の池へ行くこととなった。参加者のうち4名は九重高原なら散策できたが大浪の池では難しいのでどうするか対応を考えた。

 HMさんから提案があり断ることは出来ないので、私がついてえびの高原付近の散策をして紅葉を楽しむと言われたのでそのように対応することとなった。

 何時ものように7時に熊本市を出発した。行きは小林からえびの高原へ出て、元ホテルがあった箇所から大浪の池へ、そうして真下(エビノ高原と林田温泉間)へ下山するコースとなった。

 登山口には9時40分頃に到着した。5名はそのままバスに残り別行動となり、11名が下車して登山の身支度を道路脇で始めた。今回は天気が良かった。身支度が終わり準備運動を何処ですかと場所を探しが適当な広場が無かった。そのまま少し森に入って平らの広い歩道で準備運動をした。

 助成10数名のパーテイが私たちの横を通り抜けた。しっかり見たが男性は見なかった。ここからは大浪の池か韓国岳へのルートしか無いはずであるが、大浪の池だろうかと・・。私たちのグループもすぐに後を追うようにして出発した。

 歩道はほとんどが平坦であるが残り半分はアップダウンがありそこを超えると大浪の池である。5名が別に動くこととなったので11名での植物観察となった。森は荒れ放題という感じであった。シカの活動が激しく下木はほとんど無く見通しの良い森となっていた。そんな森になったのはシカのせいである。シカは人間を恐れるので、登山道の縁は少しではあるが生葉のスズダケが残るのであるが、道幅が分かるのは枯れたスズダケが列状に残っていることで確認が出来る。この状態を観察しながら、シカが人間恐れなくなり、又餌が不足するのだろうか、こんな状態までになっていると説明した。

 アカマツ林になっており広用樹はほとんど無かった。ミヤマガマズミ、タンサワフタギ、ブナ、エゴノキ、モミノキ、イヌガヤがたまに観察された。その少ない樹木について説明しながら進んで行った。

 赤い実が見えていた。観察の結果アオハダの赤い実であることが判明、鹿が届かないので残っているのだろうと説明した。

 シダ植物もほとんど無かった。地表を這いながら広がっているヒカゲノカズラを見かける程度であった。右手の方に藪状に植物が見えてきた。だんだん近づくにしたがって植生を再生するためにシカ防除ネットが張ってあった。

  ネット内にはナガバモミジイチゴなど刺植物が多く見えススキも見ることができた。面積が2m平方と小さく、昨年も受けられたものと見受けられ、これから遷移が進み沢山の植物が入ってくるだろうと思った。 

 赤い実が観察された。今度は少し背が高い、近寄ってみるとミヤマガマズミであった。葉に毛がないことで同定できる。アオハダの赤い実がここら辺でも見られた。シカが嫌いなはずは無いが幹にツノ削りや皮むきの被害は見ることができなかった。

 やがて平坦な道が終わりアップダンが大きくなり出した。歩道が濡れているので滑りやすさを感じて危険まで感じるほどであった。足下に十分気をつけるように注意を促しながら進んだ。          ここから先はスズダケも豊富でシカの被害は受けていないようで、森の赤は透かして見えずに普通の林相となってきた。大浪の池の斜面を歩いているようで山肌のヒダの部分を歩いているようでやや斜面がきつくなっていたが路面はしっかりしており歩きやすかった。

  ハリモミも沢山出てきた。韓国岳の南斜面に多く分布しているので心当たりも日当たりの良いところかなと思って進んだ。やがて、幅が広く南に向かう木橋にが見えてきた、見覚えがあった、ここを通過して左へ進めば大浪の池、北端の休憩所に出ることが出来る。せっかくここを通過するので、その休憩所まで行きましょうと皆さんに提案、行こう。行こうとなり、その広い木道から左へ曲がり進むと2m四方の台があり休憩所となっていた。

 ここで休憩、韓国岳や大浪の池の「うんちく」が披露され賑やかで大きな笑い声が弾んでいた。しばしの休憩をして出発。11時を過ぎていた。12時には大浪の池の南の休憩所まではつかないなと頭で計算した。

 登りの急坂を登った。少し疲れが出ているように感じられた。頑張れ頑張れと声をかけながら進んだ。やがて平坦になると左手への小道が出てきた。そこを進むと真下に大きな大きな大浪の池が広がっていた。写真を撮るが画面に入らない、左右に分けて2枚に納めた。湖面が光っていた。後ろには韓国岳が、南には桜島、西には栗野岳、えびの高原の山々、360度の風景が迫っていた。天気は快晴、見事な風景であった。しばし風景に見とれた。

 ここからは歩道が平坦でスピードを上げて進むことが出来た。どんどんという感じでスピードを上げた。皆さんも元気についてこられた。後ろが少し遅れると全員が団子状になるまで、えびの高原を中心とする山の説明をして時間を過ごした。

 やがて石がごろごろした下り坂に来た。大浪の池の南端に来ておりここを下ると休憩所である。足下に気をつけながら、ここからはゆっくり歩いた。5分程度下ったら眼前が広がり大浪の池の南の休憩所に着いた。登山者が三々五々に岩に座り昼食したり風景に見入ったりしていた。

 私たち11名もその中に入り昼食を始めた。皆元気で見た範囲では疲れている人はいなかった。ご飯が終わると記念撮影をした。近くに元気な若い女性がおり撮影のシャッターを押してくれた。お返しにその女性のカメラで撮影をしてあげ和やかな交換があった。






































●田底小学校 000フェスタ 二つのクラフト 成功       
         
小学瀬40名へブーブー笛、キーホルダーの二つを指導、全員が作り上げ、納得のイベントでした

田底小学校(旧植木町)   「なかよしフェスタIN田底」    11月13日

 

 以前熊本県インストラクターの養成研修でお世話になったMさんから久しぶりに電話があった。Mさんは県庁を退職して、田底付近のコミニュセンターの館長をされていると自己紹介された。

 11月13日に田底小学校で仲良しフェスタとしてイベントを行う。時間が空いていたら応援してくれないかとの電話であった。いろいろ聞いてみると、私たちがどんなことをしているのか教えて下さい。対象は小学生5,6年生で40名程度であるとのことだった。 時間は10時30分から11時45分までである。

イベントの内容を知らせてくれないかとの事だった。日程を調べると私の日程は空いていた。そこで1時間15分であるから検討して6つのプログラムにまとめてみた。

 内容はブーブー笛、キーホルダー、紙トンボ、フイルムルックス、モックン、ブンブンゴマでそれを二つ組み合わせれば時間で出来上がると連絡をした。

 ブーブー笛はナイフを使うのかとの連絡があったので、もちろん使う、安全については配慮する、特にナイフが使えない子どもには講師と親が対応すれば問題は無いと伝えた。

 Mさんが検討してブーブー笛とキーホルダーをして頂きたいとの連絡があった。

 開催日程迄には1月程度あったのでブーブー笛の専門官Tさんへ40名の対応が出来るか聞いたら問題は無い、対応できると頼もしい返事が返ってきた。キーホルダーは私が対応することとした。時間が無い場合の対応は簡単であるが、時間が余ったらどうするか考えた。そこで簡単にできる紙飛行機で予備のプログラムとした。

 早速、紙飛行機の専門官Hさんに連絡してみた。材料は沢山あります。瞬間接着剤が風邪を引いていないか心配とのことだったので、瞬間接着剤を用意して下さいと頼んだ。これで全部の対応が決まった。

 私もキーホルダーの準備をした。板について40枚はあった。紙やすり、ラベル、金具と点検をしていった、今までの使い残しがあった。それを数えて、40名分を揃えた。

 当日10時までには小学校に着いた。全員が揃ったところで前田さんと面会した。私たちが使う教室は10時30分まで干し柿の作り方教室を開いているので外で待機して下さい。時間になったらすぐに始めますので、と、打合を終了した。

 時間まで私たちも段取りや 九州森林インストラクター会の連絡事項などの確認をした。

 時間になって3階の教室へ行った。干し柿作りの縄に付けるまでほとんどが済んでいた、その結わえた縄付きのまま、熱湯につけてる最後の過程がもう少し残っていた。私たちはその間にクラフトに使う道具を1m×2mの台状の机に必要だけを配布した。

 10時30分きっかりにMさんから私たちの紹介をいただいた。その後、私たち4名は自己紹介をして、キーホルダー作りから始めた。

キーホルダーの板を全員が持っていることを確認して、紙やすりで角や表面をけずり、持って手触りがいいように磨き上げた。その後、ラベルを貼りクマモンを作り上げた。40名いるので作業に早い、遅いが出てくるので、キーホルダーの金具は全員がクマモンを作り上げてから配布して混乱を避けることとしていた。

 全員のシール貼りが終了したことを確認してから金具を渡して、出来上がった板にねじ込んで貰った。上出来であった。全員がクマモンのキーホルダーが出来上がった。

 このように40名対象では、作業工程が一様で無いから、1工程を確認しながらこのようにすると統制が取れる。予定の11時に、ピッタシカンカンで終了した。

 11時からはブーブー笛作りに挑戦、こちらも順序を追って、全体の工程を少しずつ区切りながら対応した。こちらも40名の生徒の統制が取れて、時間通りに11時45分に終了することが出来た。

 Mさんも時間通りの終了に納得されていた。すぐに終わりの会を開いて終了した。

 今日は老人会の人たちがグランドゴルフ?や干し柿の指導されていた。その人達と一緒に昼食が振る舞われた。炊き込みご飯、焼きそば、ふかしまんじゅうと「いたれりづくし」の昼食を図書室で20名くらいが一緒になっていただいた。

 満足のイベントであった。

 Mさんとの打合で報酬はいらないボランテアで結構であるが、材料代と燃料代だけはいただきたいと要求していたので、1人分の講師代が支給されて、これを4名分の燃料代とした。弁当代は心づくしの昼食をいただいた。このことも納得であった。 

九州森林インストラクター会の方針としてボランテアはすべて講師の持ち出しの経費で無くて、自家用車の燃料代と昼食代は主催者へ負担していただくようにお願いしている。これからもボランテアは空気や水のような「ただ」で無く、燃料代と弁当代は負担して下さるようにイベントを始まる前にお願いしている。私たちの会はどこからも援助が出ていないので運営に工夫しており、今回は特にMさんの配慮により満足の結果であった。。

























































▲ FEC天山
  11月例会  前日に下見 11月19日
     
5番目の写真、狂い咲きのミヤマキリシマ、会員が勝っていました。本当です(何故注釈を入れると・・陰の声が)

FEC例会      天山植物探索   天山  佐賀県     28:11:19

 

 明日の天気が心配であった。寝ていても屋根や窓を打つ大雨の音が聞こえてどうなることやらとまんじりともしない不安な夜を過ごした。

 530分、起きると共にインターネットで天気予報を見た。佐賀県には大雨警報が出ていたが佐賀県の西地域であり天山付近には注意予報だけであった。これならいけるなと思った。FECの皆さんも「槍が降らなければ実施する」の方針が行き届いているので誰からも今日は実施するのか等の電話はかからなかった。

 すぐに朝ご飯の用意、洗顔して、身支度した。この時間が1時間、630分には出発できた。バスがくるJRの駐車場にはすでに3名がきていた。挨拶している間にバスが到着した。挨拶をして、参加者の9名が乗車、すぐに出発した。

 途中で2人を乗せて出発、この大雨、みんなで意思疎通する必要があるのではと提案したが、登山を始める頃に雨はやむよ、行こう、行こうとなり意思疎通するどころではなく、そのまま出発した。

 普通なら作ってきた資料の説明をするところであったが、向かっている方向の空が真っ黒くなっており、雨は強くバスのフロントガラスに打ちつけていた。これでは資料を説明する雰囲気ではなかったので、説明はせずに資料を配ったまま出発した。

 トイレ休憩を佐賀の金立SAでして、身支度をするつもりであったが、雨は降っていないものの雨具を付けるのか判断に迷っていた。登山口で雨具を付けるか判断したいとして身支度はしないでそのまま出発した。

 金立から佐賀大和のインターに降りて古湯から天山スキー場へと進んだ。スキー場の入り口でバスの運転手さんへ、天山から下山する七曲峠を丁寧に教えてから登山口へと進んだ。

 下見をする時間が無かったので、下見はした方がいいよと打ち合わせして、急遽昨日下見をした。道が分からずに大変だった。今日の登山コースを決めることが出来たのは2~3時間あっちこっちに行ってやっと決めることが出来ていた。そのようなことから運転手さんには、噛んではき出すほどに道順を伝えた。

 920分頃、登山入り口の駐車場に着いた。雨は降っていなかった。北風が強く吹いていた。温度は高かったと思ったが北風なので体で受ける風は体感温度を低下させ、皆さんが寒いね、と言いながら防寒着の代わりに雨具の上着を着けて準備した。

 雨の心配は無かった。少々時間はかかったが10分程度で身支度は調った。その様子を見てTさんが全員へ集合をかけて準備運動となった。

 930分過ぎに私を先頭にして出発した。道は昨夜の雨だけの影響ではなかろうが荒れており、転石がむき出しになって「ゴロゴロ」という感じで転がっており歩きにくかった。足下に注意するように声をかけながらゆっくりと進んだ。

 Z型に歩道は曲がっており、その道を丹念にたどりながら進んだ。付近にはササの判定が出来なかったが膝下くらいに伸びた笹が一面に広がりその中のあちこちにネジキ、コマユミ、リョウブがわずかに生えていた。やや進むと風の影響で背の低くなったミズナラの林を過ぎた。                                      

雨は降っていなかったが視界が10mていどしか効かない霧の中を、曲がり曲がり進むこと30分やっと頂上が見えてきた。あまり急坂では無かったが30分も歩いたので少し汗をかいていた。

 頂上は霧が深く視界はほとんど効かなかった。墓があった。この墓については資料を付けていた。

「山頂には鎌倉時代末期から南北朝時代に」かけての武将、阿蘇推直の墓がある。

 ”推直は延元元年(1336年)菊池武敏らと足利尊氏を筑前多々良浜に迎えておおいに戦いましたが敗れ、弟の推成、一族の推澄らとともに、残兵200人あまりを連れ肥前に退き、天山を越えて肥後に帰る途中、千葉氏の所領を過ぎようとしました。

 千葉氏は足利尊氏方であったため、千葉?貞の郷民達が推直らの軍勢を攻撃、推直の兵達は山上から大石を投げ下ろし、これを打ち破って進もうと力戦しましたが力及ばず・・・・160人あまりが戦死しました。

 推直、推成らは残る兵と共に山中で自刀したと伝えられています。推直の亡骸は遺言によって故郷の阿蘇山の噴煙が見える所、すなわち天山の山頂に葬られたといいます」

と書かれていた。

 そんな墓の前で深々と拝礼し、2人ずつが代わる代わる記念写真を撮影した。時間は1010分、霧が深くて何処も見えなかった。心眼で見るんですよ、と冗談を言いながらいろいろ話し込んでいた。風が強く、特に話し込んでいる頂上付近は特に風が強かった。

 一路七曲がり峠を目指して歩くことになった。ここからは出てくる植物の説明をした。

サルトリイバラの赤い果実が霧雨の中であったが雨の丸いしずくを付けて赤色に輝いていた。やがてクリスマスリースの時期、可愛い果実に話が盛り上がった。さすがに持って帰ろうという人はいなかった。

 ナワシロイチゴが白い花を咲かせていた。花はラッパ型で壺状に盛り上がった花弁の側壁には白地に茶色の小さい斑点が見えた。今から花が咲き、実を付けて越冬することや花と葉の裏も見て比べてと言ったが、手袋をしているので面倒くさいのだろう、葉裏まで見る人はいないようだった。

 真っ赤なヤマウルシがでてきた。今日一番の紅葉であった。ここらは標高1000m、ヤマハゼは生えていないので間違わないように説明した。

 ネジキが葉を落として丸い果実を沢山垂れるようにして下に向けていた、この種子の付け方はツツジ科特有であるとして茎の曲がりを見て貰った。ネジキの名前のいわれを説明して、幹が捻れていますかと聞いたがあまり意味が通じなかったのか聞いた人は怪訝な顔してネジキを見入っていた。

 ミヤマキリシマのラッパ状の花弁の内側に斑点があるのは標高が低い箇所ではヤマツツジとして斑点が大きく、標高を高くするにつれて斑点が薄れていき無くなる、それと同じようにして葉も小さくなるので登山する時に観察するとこのことがよく分かると説明した。

 付近にイヌツゲの葉が普通の半分の大きさになっているのを指しながら、これも皆さんが普通に見るのとは葉が相当小さくなっているはずだ。標高が高くなる(気温が下がる)ことや風にさらされることが大きな原因であると説明した。

 1時間くらいすると平坦であった道が下り坂になってきた。路頭している岩の一部が、歩く人の靴で黒光りしていて、岩が非常に硬いことを物語っていた。その上如何にも滑りそうであった。くれぐれも足下に気をつけるように何回も言いながらゆっくりと進んだ。

 時々霧が晴れたりした。その間に一瞬に天山スキー場のリフトの上部が見えて、あすこがリフトだと説明した。屋根がトタンなのかキラキラ光り、そのすぐ下に三角状に人工雪が積んであった。11月の営業開始の準備が整っているようであった。

 下り坂を約1時間歩いて林の中に入った。今までは高原で樹木の紅葉はほとんど見られなかったがウリハダカエデ、コハウチワカエデが鮮やかな紅葉となっていた。時々歩を止めながら観察した。素晴らしい光景が随所で観察できた。出がけの大雨が嘘のようであった。

 13時10分、七曲がり峠にバスが待っていた。ここで道路の乾いた箇所を探して丸くなって座り昼食をした。Sさんが前日鶴屋に並んで買った幻の焼酎「三岳」をご馳走になった。男性2人は自動車を運転するので遠慮された。楽しい美味しいお酒だった。

 13時50分、峠を出発、道の駅で全員がどっさり野菜類を購入した。女性軍も買い物が出来て満足、楽しげな明るい顔が並んでいた。

 その後高速を利用して熊本へ、16時前には熊本市に着いた。雨にも降られずに楽しい山歩きが出来た。中止せずに、まずは行って見ようとして出発したのが効を奏した。


























金山1






































金山2


































かねやま3





































かねやま4






































かねやま5








































かねやま6







































ここのえ1







































ここのえ2







































ここのえ3








































ここのえ4









































ここのえ5





































ここのえ6



































くさき1









































くさき2








































くさき3











































くさき4









































くさき5






































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おおなみ1






































おおなみ2







































おおなみ3








































おおなみ4





































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おおなみ6


































たぞこ1






































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てんざん1







































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てんざん6