Vol-4 ”スポーツもの”の傑作?! 〜「X-ファイル・アンナチュラル」〜
Baseball xxxx年
| 「スポーツはドラマである」とはよくいわれるが、「ドラマはスポーツである」と語った人はいない(と思う)。古今東西スポーツを描こうとしたドラマは数々あれど、その本質を捉えたドラマにはなかなか出会えない。人間の手で練りあげてこそ味わいが生まれるドラマと、人間の手を加えれば加えるほど魅力が薄れていくスポーツの相性はあまり良いものではないようだ。 アメリカのTVドラマ「X-ファイル」第6シーズンのエピソード=「アンナチュラル」は、数少ない”スポーツの本質”を捉えたドラマである。映画好きでスポーツ好きでおまけに語感が鋭い人ならばタイトルから想像がつくとおり、”主役”は野球に見せられた宇宙人。 「は?」でも「ほぉ?」でもいいから、少しでも興味を持たれた方は、是非、これを読む前にエピソードをご覧になってくださいね。私は滝のように泣きました・・・。 |
”サボテンリーグ”の偉業
舞台はアメリカ・ニューメキシコ州ロズウェル。時は1947年。通称”サボテンリーグ”と呼ばれたプロ野球下部リーグで、ジョッシュ・エクスリーという黒人選手が、本塁打61本という新記録を打ち立てた。観客は数えるほどしかいない下部リーグとはいえ、シーズン新記録達成という偉業にチーム全体が沸き返る。
そこへ突然、馬に乗った白覆面のK.K.K.(白人至上主義の集団)がライフルを持って乱入してくる。”エクスリーを引き渡せ”という横暴な要求は、相手チームメンバーも含めた連携プレーによって見事に跳ね返し、K.K.K.たちは退散したり、その場で落馬して動けなくなってしまう。鮮やかな”勝ちゲーム”に満足げな野球選手たち。
落馬して現場に取り残されたK.K.K.たちは次々と覆面をはがされていく・・・が、その中のひとりが灰色のゴムのような皮膚を持つエイリアンだった。予想だにしない光景に顔色を失ったチームメンバーとK.K.K.が逃げ去る中、そこに残ったのは、そのエイリアンとエックスリーただふたり。果たして・・・。
頑固じいさんの謎かけ
こんな場面からスタートするのが、アメリカのTVドラマ「X-ファイル」第6シーズンのエピソード「アンナチュラル」。「X-ファイル」とは、モルダーとスカリーの男女FBI捜査員コンビが、科学では到底説明できない不可思議な事件を追う姿を描く人気シリーズで、超自然現象や凶悪犯罪等を扱う単発のエピソードと共に、エイリアンの地球植民地化計画とそれを巡る政府の陰謀を追うメインエピソードが存在する。各エピソードの雰囲気は多彩で、サスペンス色が強いものもあれば、ファンタジーやコメディと呼べるのんびりしたムードのエピソードもある。
「アンナチュラル」はエイリアンもののひとつではあるけれど、エピソードとしては完結しており単発ものの色が強い。1940年代の新聞をチェックしていたモルダー捜査官は、下部リーグでシーズン本塁打記録を打ちたてたジョッシュ・エクスリーという選手が、エイリアンの殺し屋に狙われていたのではないか?と疑い、当時K.K.K.から脅迫を受けていたエクスリーを護衛していたアーサー・デイルという元保安官の元を訪れる。聞き込みという仕事とはいえ、マニアックな野球ファンであるモルダーは、捜査のついでに当時の貴重な話も引き出そうという意気込みだ。
アーサー・デイルは薄暗いアパートにひとり住まいの頑固じいさんである。モルダーがFBI捜査官で超常現象を追っていることも既に承知の彼は、一旦はドアを閉ざすものの、モルダーの粘りに「ミッキー・マントルの生涯本塁打数は?」という問題を出す。「163本。」と答えるモルダーを再び追い返そうとするが、「それは右打席。左373本で計536本。」というモルダーの回答をきいてようやく部屋に招きいれるのだ。
早速エクスリー=エイリアン説の真相を聞きだそうとするモルダーだが、デイル元保安官は時には丁々発止のやり取りで、時にはのらりくらりの野球談義でモルダーの追求をかわしていく。しかし、実は野球談義の中で少しずつ真相を語り始めているのだ。このあたりの会話が実に絶妙でおかしてくてウマイ!と思う。すっとぼけた会話のおもしろさも「X-ファイル」シリーズの魅力のひとつということを表しているシーンだ。
なかなか聞きたいことを聞き出せずにふてくされるモルダーに、デイル元保安官が質問する。”愛は人を変えるか?”という質問に恋愛論を語り始めるモルダーだが、デイルはそんなことじゃないと諭し、もう一度真剣な表情で質問を投げかけるのだ。
「君は、本物の情熱が、ものの本質や人間の形をも変えることがあると思うか?」
未知との遭遇?!
ここからドラマはデイル元保安官の回想シーンに移る。若き保安官はK.K.K.から死の脅迫を受けたエクスリーの護衛にあたることになる。初めは護衛などいらないと拒否するエクスリーだったが、真面目で正義感があり誠実な保安官の仕事ぶりに彼もチームメイトも心を開き、デイルは半分はメンバーのような立場でチームと行動を共にする。オンボロバスで各地を転戦していく様子は、まさに”古き良きアメリカ”の雰囲気が漂っていて楽しい。
デイルの護衛のおかげで無事に転戦は続いていくが、ある夜中に宿舎の部屋で目がさめたデイルは、隣のエックスリーの部屋から異音をききとる。裏技でドアのカギを開け真っ暗な部屋に入ったデイルが目にしたのは、バットを素振りするエクスリーらしき人影。しかし部屋の明かりをつけたデイルの目の前にいるのは、バットを手にした灰色のゴムのような皮膚を持つ生き物だった。信じられぬ光景に卒倒するデイル。ここでCMタイム・・・。
CM明けには、目覚めたデイルがそれは夢だったんだと諭されるシーンへ続く・・・と思いきや、目覚めたデイルの目の前にいるのは灰色の生き物で、再び卒倒するデイルの頬をぱしぱしと叩きながら再び目覚めさせようとするのも、また灰色の生き物である。ふらふらのデイルにあきれた生き物は、金髪美女の姿でからかった後、エクスリーの姿に”変身”し、これが君が知る姿だと語り、自分は異星人であり思いのままに姿を変えることができると告白する。
”useless but perfect”
ここで場面は変わり、ツアーバスの後部座席で仲良くひそひそ話をするデイルとエクスリーの会話へと続く。仲間と共に地球へやって来た異星人のエクスリーは、ある日野球の試合をみて心が躍ったのだと言う。自分たちには笑うということがなく、笑うような口の形もしていないけれど、バットが打ち返すボールの音をきいていると楽しくて仕方がなくて、口の両端が上がってしまうほどだった。その楽しさが忘れられずに仲間たちから離脱して野球選手となったが、離脱を禁ずる仲間からは命を狙われる身であり、そのためにどんなに活躍しても下部リーグどまりで名が知られることがない黒人選手としてプレーしているのだ・・・とも語る。
エクスリーの身の上話に興味津々のデイルは、一番聞きたいこととして、なぜ野球なんだ?と訊ねる。エクスリーは答える。野球は楽しい、こんなに楽しいものはない、ちっとも役には立たないけれど、完璧だ・・・と。その答えにデイルは頷きながら、バラのようなものだろ?と言うと、エックスリーも、うまいことを言うな!と嬉しそうに頷くのだ。
もう、このシーンで私の涙腺は嬉しさでゆるゆるだ。プレーする者とプレーを観る者が野球を通じて理解し合う素晴らしさ。そして、何のためにもならないけれど完璧だという競技に熱中するプレーヤー。いわば、”たかが”スポーツに情熱をかけるプレーヤー。こんなプレーヤーがいたならば、自分が興味を持つスポーツであろうとなかろうと、どんなに遠くで行われる試合であっても、お金を払ってでも是非に観たい!と思うだろう。
観客としてスポーツを楽しむ時には色々な興味を持っている。そのスポーツが持つゲームとしての魅力だったり、応援する観客たちの言動だったり・・・。しかし一番の関心の的はプレーヤー自身である。なぜこのプレーヤーはこのスポーツをプレーしているのか?という興味である。勝負に勝ちたい、お金を稼ぎたい、有名になりたいなど、全てのプレーヤーは何かを得たいという欲求を持っているはず。しかし必ず訪れる絶不調期にプレーヤーを支えるものは、そのスポーツが好きでただただプレーしたいという望みだと思うのだ。そんなプレーヤーの思いが伝わる時に観る者は強くひきつけられる。そして何か素晴らしい瞬間を共有できたかのような喜びを感じるのだ。
赤い血に微笑み
ドラマの方は、この後、エクスリーの所在を掴んだエイリアンの魔の手が迫り、エクスリーは警察からも追われることとなり、デイルが警察から尋問を受けている間に最後になるであろう試合に臨む。これが冒頭のシーンである。K.K.K.に紛れて近づいたのがエイリアンの殺し屋で、その殺し屋とふたりだけとなったエクスリーは、異星人仲間を危険にさらしたという糾弾を受け刺されてしまうのだ。
警察の尋問から逃れたデイルが現場にかけつけた時には、すでにエクスリーは虫の息だった。慌てて刺し傷の手当てをしようとするデイルに、エクスリーは自分の血液は有害だから触るな!という。これは「X-ファイル」シリーズではお約束のひとつで、エイリアンの緑色の血液は体外に流れると毒性を持ち、人間を死に至らしめるのだ。このエピソードでも、頭にデッドボール受けて倒れたエクスリーの枕代わりにされたキャッチャーミットが、謎の液体で腐食するというシーンがある。
しかし、デイルは自分の手についた血液をエクスリーにみせながら言う。「ただの血だよ。ほら、普通の赤い血だ。」と。実際にデイルの手についているのは紛れも無い人間の赤い血で、その血をみたエクスリーは泣き笑いの表情で息をひきとるのだ。そして場面は、悲しげでもあり感無量でもあるような現在のデイル元保安官の表情へ・・・。
デイルの質問に答えはない。モルダーはデイルのアパートを後にすると、野球に全く関心がないスカリーを誘い出してボールを打ちに出かける。ふたりのセクハラまがいのイチャイチャぶり(?)でTV前のファンを喜ばせた後、星空に高く舞い上がるボールを映し出しながらドラマは終わる。
ドゥカブニーに敬服
ドラマを見終わった私は涙ぽろぽろだ。FBI捜査官や保安官や宇宙人や殺し屋など、おおよそ”スポーツ”とはかけ離れたつくりもののキャラクターが登場するドラマの中で、そうそう!と頷く自分がいた。たかがスポーツ、そんなに一生懸命にみて何になる?と思うけれど、何にもならないからこそ一生懸命になれるのだ。そして、同じように、何にもならないからこそ一生懸命にプレーする選手がいたとしたら、もしかしたら何かが起こるかもしれないという夢をみられるではないか。それこそ「スポーツはドラマである」と唸るような瞬間が。
そんな気持ちにさせてくれるこのエピソードは、実はモルダーを演じるデビッド・ドゥカブニーの監督&脚本作なのだ。ルックスは好みのターゲットからは離れているのに以前から何となく気に入ってしまった俳優さんだったのだが、このエピソードを観てなぜ好きなのか理由がよくわかった。よくわかっている人なのだ。それが”ドラマ”にもにじみ出るものなのだな。