Vol-1 F1観戦がらみ編 その1
そしてルイスは月を見上げるか? 〜1991ポルトガルGP〜

現在はカレンダーから外されてしまったが、当時は”イベリア半島2連戦”としてスペインGPと共にチャンピオンシップに大きな影響を与えていたポルトガルGP。その舞台となるのが、リスボン郊外のエストリル・サーキット。ピット前スタンドの銀燦に反響するエンジン音が特徴で、耳栓なしでは難聴必至。そしてもうひとつの特徴が、カメラマンが泣いて喜ぶ?自然光の美しさである。特にフェラーリの”真紅”を美しく撮りたい人には絶対にお薦めのサーキットなのだが、再び開催されるのはいつになるのだろうか・・・。
そのポルトガルGP観戦で、たまたまお隣になったのがルイスさんというスペイン人。こちらはスペイン語もポルトガル語もダメ、あちらは日本語はもちろん英語もダメ・・・ということで、普通なら会話は諦めそうなものなのだが、決して諦めないルイスさんの身振り手振りの懸命のコミュニケーション術によると、小型機のパイロットらしく、毎年ポルトガルGPにはクルマでスペインから駆けつけているのだという。
”君も来年も来るだろう?”との問いに、”遠いから無理!”となんとなく伝えると、しばらく考えこんだルイスさんは、持っていたクシャクシャの紙切れを伸ばしグルッと丸を書いては”エストリル”と書きこみ、そしてもうひとつ丸を書いて”日本”と書きこむと、そのふたつの丸を飛行機と思われる絵で結んで、”どのくらいかかるんだ?”と訊く。そこで私が”12〜13時間かな?”と書きこむと、”ホントに遠いなあ〜”と考える人になってしまったルイスさんである。
しかし、すぐに復活する性格らしい彼は、今度は先ほどの紙切れに三日月の絵を書き入れると、こちらをジッと見つめて力説を始めた。彼が言いたいのは、「僕がここから見る月も、君がここからみる月も、同じなんだよ。飛行機で13時間もかかる遠いところにいても、僕達は同じ月をみているんだ!」ということらしい。しかし、力説された私の方はその妙な形の三日月をみては、”日本で月が出るときはそちらはお昼だし、そちらで月をみる頃には日本は真夜中か早朝で、同じ月をみることはあるまい”と思ったものの、すっかりそのロマンティックな考えに浸っているルイスさんに反撃するのははばかられ、「そうだね。」と形だけの同意をした次第である。
結局、”来年来ないんなら電話する!”というルイスさんに冗談半分で電話番号を教えてあげたのだが、まさか実際にああ何度もかけてこようとは!しかし、何度電話をかけてくれても、お得意のお絵書きなしではコミュニケーションは難しいのであった。
トイレのドアを抜けると、そこは・・・ 〜1991スペインGP〜

・・・ピット前ストレートだった。これ、ホントの話。
この年のスペインGPは、前年までのヘレス・サーキットからバルセロナ郊外のカタロニア・サーキットに移転。移転初年度で開催側も気合いが入っていると思いきや、駐車場は雨水でドロドロだし、チケット売り場はまさにペンキ塗りたてだし、観客席スタンドの土台は宙に浮いているしで、「このスタンドは本日シェイクダウンされた”フェーズ1”仕様でありますが、このシェイクダウンテストで解体した場合は、ただちに”フェーズ2”を投入するのでご心配なく!」等と観戦仲間内で冗談でも飛ばさないと、とても怖くて座れない代物であった。
しかし、出来たてホヤホヤならではの利点もあり、ほとんどのサーキットでは恐ろしく汚れた仮設モノしか望めないトイレも、中級デパート並みの美しさで、ドアはしっかりロックされるし、水は問題なく流れるし、洗面台は6つもあるし、ハンドドライヤーも6つ付いている。しかしながら、そのハンドドライヤーは使えない。新品だから壊れているわけではない。6つのドライヤー用に6つのコンセントもちゃんとある。しかし、残念ながらドライヤーの電源コードがそのコンセントに届かないのであ〜る。ピッカピッカの新品ドライヤーが、電源コードをだらりとぶら下げたまま立派に設置されている様子は、そこはかとなく哀感が漂うものであるが、噂によると、ピットガレージ入り口が狭すぎて肝心のマシーンが入らず、急遽入り口を削ったなんて一件もあったというから、トイレのドライヤーの配置ミスなど、取るに足りぬことだったのだろう。
しかし、そのトイレには取って余りあるミスもあったのだ。女子トイレだから当然個室にドアがついているのだが、そのトイレ全体のスペースを考えると、どうしてもそこに個室があるとは思えない謎のドアがあった。掃除用具入れにしては小さいし、配電盤でもあるのかな・・・と不思議に思っていたのだが、不思議に思ったまま見過ごすことができない私および友人1名は、他に人がいない時間を見計らってそのドアを思いきって開けてみたのである。
そこに広がっていたのは明るいカタロニアの陽光。足元を見ると緑の芝生。そしてその緑の芝生はなだらかに傾斜しながら下っており、その先に見えるのはグレーのサーキットコース・・・。思わずドアをバタンと閉めて、もう一度そ〜っと開けてみるという大根役者の芝居並みの行動をとってしまったのであるが、そこにあるのはまぎれもないサーキットの本コース、しかもピット前ストレートである。その間で遮るべきフェンスもない。ここからワーッと走ってしまえば、コースを横切り、ピットへ侵入し、係員に取り押さえられることも可能である。
いくら好奇心旺盛な私たちでも、係員に捕まるのも、ましてやピット前ストレートで撥ねられるのも、まっぴらゴメン!なので、おとなしくドアを閉めて正規の入口からスタンドに入り、ピット前ストレートを眺めたのであるが、ドアの正体は解明できても、なぜそのドアが作られたのか?は今もって謎のままなのである。