Vol-2 F1観戦がらみ編 その2


小ネタがいっぱい! 〜1992&1993カナダGP〜


爽やかな初夏のモントリオールを舞台に繰り広げられるカナダGP。モントリオールのダウンタウンから地下鉄で約20分というアクセスの良さは、個人旅行者にはありがたいもので、すっかりお気に入りのGPに。
この親父を越えられるか?! マイケル
全体的に観戦する人々のいでたちはかなり軽装だが、その中でもカジュアルぶりで目立っていたのが、Tシャツに短パンそして両足ギブス(!)にもかかわらず
松葉杖で器用に歩く年配の男性。行き交う人々から盛んに声をかけられているところをみると”名物おじさん”なのか? 確かにそのケガで観戦に来るとはかなりマニアックだよね・・・と思っているうちに接近遭遇してしまい、どれどれとお顔を拝見してみると、マリオ・アンドレッティ!「赤いペガサス」にも出ていたアンドレッティではないですか?! そういえば数週間前のインディカーレースの事故で両足骨折だったんだよなあ・・・。まだまだ完治には時間がかかりそうな感じだったものの「いつ戻れそうですか?」と訊いてみると、「来週のポートランドで復帰するよ!」という明るい回答。怪訝に思い「来週???」と問い返すと、ガハハと笑いながら「な〜に、心配しなさんな。歩けなくてもドライビングはできるんだから!」と豪快なお答えを残して去っていかれました。確かに、翌週にはしっかり復帰を果たしていたこの親父。恐るべし。(’92)
ここにも縁の下の力持ち
レース終了後の
観客なだれこみがお馴染みだったカナダGP。いったいどこから侵入するんだか?と思っていたら、フェンスを破る担当がいるんだな、これが。レースが残り2〜3周となったところで、どこから持ち込んだのか特大カッターでバチッバチッとフェンスを切断、そしてチェッカーフラッグが振られるやいなや一番乗り!・・・と思いきや、さにあらず。自分が切断したフェンス面を押さえては、そこを潜り抜ける人の手助けなんかしてくれたりする。私もしっかり手を取られてご案内されてしまった。(’92)
未来のワールドチャンピオンのサインを拒否したヤツ
フェンス破り担当からご案内された先では、ピットのかたづけ作業やら、優勝した
ベルガーのインタビューやらを間近に見られて楽しかったのだが、人ごみの中で友人とはぐれてしまい、仕方なく後ろを振り返りながらコース内を通って帰路につくことにした。しばらく歩いた後、もう一度確認しようとおもいっきり振りかえったところ、そこに通りかかったのが、この日2位でゴールしたミハエル・シューマッハ。ベネトンのスタッフが操るスクーターに2人乗りしてとてもゴキゲンな彼は、おもむろに振り返った私を見て「サイン?」と訊いてきたのだが、私が首を振ってしまったためそのまま走り去っていった。その時の私の頭にははぐれた友人のことしかなく、「サイン(が欲しいの)?」という問いに、”そうではなくて、友人を探しているの”という意味で首を振ったわけだが、普通に考えると「サインしようか?」「いや、いらない!」というやりとりになってしまうのかな?いやぁ〜、こんなところで誤っても仕方ないのだが、その節は失礼いたしました。(’92)
こちらも親父を越えられるか?
’93年のサポートレース・フォーミュラアトランティックには、コース名称にもなっているジル・ヴィルヌーブの息子
ジャック・ヴィルヌーブが登場。当然のごとくポールポジションを奪取して、地元観衆の声援の中でスタートを迎えたのだが、直後にエンジンストールしてしまい、避けきれなかった後続車に追突されマシーンが大破するというヒヤリとする展開に・・・。しばしば大怪我につながるパターンだけに、あたりはかなり緊迫したのだが、追突された当の本人は何事もなかったかのようにマシーンから降りると、マシーンのダメージ具合を確認し、駆け寄ったスタッフと冷静に協議して、これまた冷静に去っていった。父親ジルのイメージがあまりにも強烈だっただけに、同業を選んだ息子は大変だと思っていたが、これだったら我が道を行けるかも?と思わせたシーンだった。(’93)
顔に対する歯の比率
’93年は開催ギリギリになって観戦を決めこんだので、ホテルを選ぶ余裕はなく、空いているところに適当に予約を入れたのだが、着いてみればほとんどのチームが宿泊するオフィシャルホテル。外出しようとするたびに
ドライバーさん達と遭遇することになり、サイン収集癖のある人には絶好の環境だったのだが、意外と照れ屋さんの私達は、チラッと横顔を眺めるだけで満足というかわいらしさ(?)であった。そんな私達なので、予選終了後の土曜日の夜、夕食に出かけようとして乗ったエレベーターにJJレート(当時ザウバー)とその友人を発見しても、ちょっと会釈した後はおとなしくしていたのだが、私達と一緒に乗りこんできた老夫婦の旦那さんは、堂々とJJに質問を始めてしまった。しかしその質問は、「君達は、学生かね?」・・・。 その質問に対してニッコリ微笑むJJの答えは、「はい。夏休みで旅行中なんですよ。フィンランドから来てるんです。」 礼儀正しい異国の学生さんに気をよくしたおじさんとお茶目なJJの会話は更に続き、「そりゃあいいね。ここ(モントリオール)では、何をするんだい?」「レースをみるんですよ。ナイジェル・マンセルのファンなんだけど、彼が出ていなくて残念だな。」
そんなこんなの会話が続き、エレベーターは地階に到着。「良い旅を!」と去って行った老夫婦を見送ったJJに、ずっと笑いを押し殺していた友人が翌日のレースの健闘を願う旨を伝えると、テレ笑いのJJはしっかりと礼を言い、さらに「良い旅を!」と言い残して夜のモントリオールに消えていった。私の方は、その笑い顔をみながら、今まで”ねずみ”だの”ビーバー”だのと呼んできたけれど前歯が大きいのではなく、顔が小さいのだな・・・と認識を新たにしたのだった。(’93)

 

ケロッグ投げ名人 〜1992オーストラリアGP〜


現在はメルボルンに移ってしまったオーストラリアGP。当時の舞台はアデレイド。公道を利用した市街地サーキットというと窮屈な感じがするものの、実際は広い公園を取り囲む形になっているため、常設サーキット以上に広々とした開放感が味わえた。
その広い公園にはオーロラビジョンが設置されているので、観戦に疲れたら芝生に寝っころがって状況をチェックできるし、レースの合間には野外コンサートも楽しめる。この年のメンバーは地味だったが、翌年にはBonJoviがやって来たらしい。
地球の反対側でも変わらないことが”人が集まるところには販促活動あり”で、会場内を移動するたびに様々な粗品をばら撒いてくれる。その中で最も感心したのがケロッグ(シリアル)担当のお兄さん。一食分が入ったミニケロッグを山ほど抱えたお兄さんが、ほしい!と手を挙げた人に投げてよこすのだが、これが実に正確。巧みに回転を加えられたケロッグ箱は、短距離・長距離を問わず、求めた人の手の中にスッと飛びこんで行く。
あまりのコントロールの良さに拍手をしながら喜んでみていると、大ウケに気を良くしたお兄さんがこちらに向かってドンドン投げてくれるものだから、私の周りに山ほどのケロッグが集まってしまった。近くにいた子供たちと分け合っても、手元に残ったは7箱ものシリアル。どうしよう・・・と思ったが、小さいし、軽いし、これはバラまき系お土産には最適!誰もタダでもらったものとも思うまい。(そして、もらった人の中でコレを読んでいる人もいないよね??)

 

製造過程をみてましたので・・・ 〜1994サンマリノGP〜


ラッツェンバーガーとセナの事故で、”暗黒の週末”といわれた’94サンマリノGPの、これはまだ平穏だった金曜午前中のお話。
サンマリノGPの舞台となるのはボローニャから列車で20分ほどのイモラの町。イモラ駅から20分ほど歩けば、もうそこはサーキット。町の中に当然のように存在しているサーキットである。当然サーキットの側には民家もあるし畑もある。どこまでがサーキット用地で、どこからが私有地なのかほとんどわからないので、タダ観のお客さん(?)もたくさんいる。それも、ただ立って観るのも芸がないということなのか、あちらこちらでお手製のスタンドがニョキニョキと立ち並んでいく。テレビで観戦している人にもお馴染みのシーンであろう。
そのお手製スタンドは、ほとんどが金曜の午前中に製作を開始するようで、金曜の朝早くから出かけた私たちは、その製造過程をいちから観察することができた。
”製造過程”といっても複雑なものではない。何本かの鉄製パイプを持ち出しては大地に直差しし木製のハンマーでトントンと2回ほど叩く。そしてさらに何本かのパイプを持ち出して、さきほど突き刺したパイプに繋ぎ、またハンマーでトントンと2回ほど叩く。その上に、あらかじめ四角に枠組みされたパイプをかみ合わせて鉄板を並べる。接合作業はそれで終了である。実にあっけない。私なら少なくともトントントンと3回は叩くし、固定するためにワイヤーで補強ぐらいはするであろう。
そんな実に無駄のない作業だから、ちょっと他のコーナー観察に出かけて戻ってきてみると、いきなり巨大なお手製スタンド又は”やぐら”が完成していてビックリさせられる。私が一番注目していたのは、アクアミネラーレ近くで製作されていたひときわ巨大な3階建てスタンドだったのだが、お昼を食べて戻ってきたときには、ミナルディの”大漁旗”がはためく私設応援団席と化していた。
すごいなあ〜と素直に感心して見上げていると、早速陣取っていた皆さんから”上がっておいで!”と声がかかる。”おいしいワインもあるぞ〜”というお誘いはとても魅力的だったのだが、なにしろ、2回のトントンで積み上げられたものだからねえ〜 丁寧に辞退を申し上げました。

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