Gustavo "Guga" Kuerten/ぐがのみち 番外編・リスボンPart1
今は空を見上げよう...
ポルトガルのリスボン。一度4日間だけ見て回った ことがあるが、何とも一言で形容するのが難しい街である。どことなく懐かしさを感じるかと 思えば、いきなり疎外感を感じさせられる。生のままというエネルギーに溢れているかと思えば、 逆に何もかも萎えるような退廃感もある。昼間の陽射しは真っ白といってもいいような眩しさだが、 それがかえって影の深みを増す。普通なら矛盾してしまう感覚が、妙な一体感で包まれている。 それが危うくもあり、同時に懐の深さも感じさせる。
しかし最も印象的なのは、その”遠さ”である。ヨーロッパを長期に(しかも限られた予算で) 回ったことがある人なら痛感することだと思うが、どの国から移動しようとしても、実際の 距離以上にかなりの時間がかかってしまう。何かそこに目的がないとたどり着きにくい 場所で、ふらりと立ち寄れる場所ではないのだ。
今年のマスターズ・カップをそのリスボンで開催するのは、ポルトガルのスポーツ界に とっては大きな挑戦だった。ボルトガルGPがF1シリーズのカレンダーから消え、世界的な 大イベントを開催する機会を失っただけに、今回のマスターズ・カップ開催は、 その国でマイナーなスポーツであっても(現在ATPランキング200位以内にポルトガルの選手 はひとりもいない)立派に運営できることを証明するまたとない機会だったのだ。
そのリスボンで、グスタボ・クエルテンが王者となった。若く明るいブラジリアンが”世界No1”と なった瞬間。しかし、そこには年齢にふさわしい弾け飛ぶような明るさもなければ、拳を天高く 突き上げるような力強さもない。ただ、心の中で一緒に戦った家族に向かって、両腕をまっすぐ と差し出したのみである。それもそうだ。初日から身体に不安を持ち、それが自分のゲームへの 不安となり、主催側への不安となり、どっぷりと落ち込んだ後、じりじりと這い上がってきての 勝利だ。舞台裏では、明らかにされていない苦しみもあっただろう。泣いてしまったかもしれない。 しかし、勝利の後に涙はない。浮かんではいただろう。しかし涙はみせない。なぜなら、それは 喜びの瞬間だからだ。涙で曇らせるなどもったいない。勝利への道のりが苦しかったほど、 それは貴重な喜びの瞬間なのだ。
5日前にコート上に横たわりトレーナーの手当てを受けていた光景を思うと、信じれない勝利 である。しかし喜びのセレモニーが進むにつれ、ここにチャンピオンとして立つのは彼以外に なかったのではないかという気すらしてくる。
決して本調子で乗りこんできたわけではなかった クエルテン同様に、大会運営自体も万全の準備ができていたわけではなかった。様々な 遅れや不手際が指摘されての開催。しかし、最後の数日間で目ざましい追いこみを みせ、最も遅れていたとされる会場の照明施設も、人一倍”光”に敏感なカメラマン達から、 「インドアの大会では最高のもの」と絶賛されたといわれる。それをよくわかっているからこそ、 チャンピオンは長い時間をかけて、大会関係者への感謝の言葉を続けた。それも、自分にとっても (ほとんどの)関係者にとっても”母国語”であるボルトガル語で。
チャンピオンから感謝の言葉を受けたひとりである、プロモーターのジョアン・ラゴス氏は、 クエルテンが所属するマネージメントグループと協力して、ブラジル・サンパウロでのATPの大会 開催を推し進めている。当然、クエルテンにとっては旧知の人物である。だからこそ彼には 他選手とは別のプレッシャーがあったといわれる。ラゴス氏が”賭ける”大会。その大会の”集客力” としては目玉である自分。早期敗退は絶対できない。だからこそ不安がある初日の試合延期を申しでた のだが、運営側としても「アガシ対クエルテン」という初日の”売り”であるゲーム、しかもひとつ だけのナイトマッチを延期するわけにも いかなかっただろう。結果、初戦の敗戦でクエルテンには後がなくなり、ますますプレッシャーと 不安は増したわけだが、それを乗り越えたからこそ出し得た力で、最終日に再び「アガシ対クエルテン 」が実現したわけだ。なんだか出来すぎの展開だが、スポーツには時としてそんなミラクルのような ストーリーが展開するものなのだ。
表彰式。新しいチャンピオンの誕生に色とりどりの紙ふぶきとテープが舞う。若き王者がそれを 見上げる。みんなも見上げる。その光景にひとつの歌を思い出す。グガと同じブラジル出身の ヘビーメタル(!)バンド”Angra”の”Fireworks”。これはメンバーのアンドレ・マトス( 残念ながら”元”メンバーとなってしまうようだが)が新年を祝うリオの花火に触発されて書いた歌である。
Look at our dreams flying away
Climbing up higher
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Sharing the miracle of Hope
In my heart, in my mind, in my soul
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But now no matter what I say
Just look at the fireworks
花火は美しく、見上げている間は毎日の悩みも苦しみも忘れる。しかも大勢の人と同じ思いを 共有できる瞬間でもある。確かに、花火は長くは続かない。だけど、今はこの瞬間を享受しよう。
グスタボ・クエルテンは今、花火を打ち上げた。そして、みんながそれを見上げる。同じ喜びの 瞬間を味わう。確かに、花火は長くは続かないだろう。しかし、また打ち上げればよいのだ。 その力を感じるからこそ、祭りの終りに寂しさは感じない。今は、まだスタートにすぎないのだ。