放牛地蔵の持物

仏像が手に持っている物を持物(じぶつ)といいます。いろいろありましたので、簡単な解説を入れました。

宝珠(ほうじゅ)
放牛地蔵の多くは、両手であるいは片手で宝珠を持っています。右手に錫杖があれば、左手に宝珠となります。この宝珠については、三省堂出版の大辞林によると「上方がとがり、火炎が燃え上がっている様子を表した玉。これによって思うことがかなえられると説く。」とありました。
石仏のため細かく彫ることはできず、丸くなっています。写真は無番号8体の宝珠です。

錫杖(しゃくじょう)
錫(すず)の杖(つえ)と書きます。僧侶や修験者の持つ杖で、頭部は錫で作ります。三省堂出版の大辞林によると次のように説明してありました。頭部についている環に、さらにいくつかの小環をつけたもの。僧が常に持っている18の法具の一つで、身を守ったり、自分の存在を知らせたり、経を読むときに調子をとったりするのに用いる。
写真は第60体の錫杖です。一番りっぱな錫杖は、やはり第100体でしょう。

未敷蓮華(みふれんげ)
未敷蓮華とは、いまだ開いていないハスの花・つぼみの蓮華の意味です。蓮華は泥の中に咲きます。つぼみのハスの花は私たちの姿であり、泥は世間の厳しい環境にたとえられます。
世間という厳しい環境の中にあっても、本来の清い心を忘れることなく努力し、満開の花を咲かせなさいという教えを表しています。

水瓶(すいびょう、すいびん)
三省堂出版の大辞林によると、水瓶に関して次のように説明してありました。水を入れて携行する容器。飲用の浄瓶と手洗い用の触瓶がある。
この写真では、左手に持っている物が「水瓶」になります。右手は「未敷蓮華」になります。

幡(はた、ばん)
三省堂出版の大辞林によると、次のように説明してありました。仏・菩薩の威徳を示すための飾りの道具。大法要・説法などの時、寺院の境内や堂内に立てる。三角形の首部の下に細長い幡身(ばんしん)をつけ、その下に数本のあしを垂れたもの。
幡を持っている地蔵は、写真の第20体だけです。実際には光背に刻んであります。

数珠(じゅず)
数珠は誰もが知っているようですが、岩波書店発行の広辞苑には、次のように説明してあります。仏・菩薩を礼拝するときに手にかけ、あるいはもみ、または念仏・念誦の回数を数えるためにつまぐる用具。小さい珠を数多く糸に貫いて作り、中間に別に大珠がある。これを母珠といい、その他の珠を子珠という。母珠より房を垂れる。珠の数は108個で、百八煩悩を除くためといわれる。また、宗派によっては54・27・36・18個のものなどもある。
第90体や放牛の墓に見ることができます。

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